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高松地方裁判所丸亀支部 昭和32年(わ)251号 判決 1958年7月10日

被告人 西岡繁雄

主文

被告人を懲役拾五年に処する。

未決勾留日数中百弐拾日を右本刑に算入する。

訴訟費用は全部被告人の負担とする。

理由

被告人は前に高松地方裁判所丸亀支部で被告人が昭和二十五年三月末頃から昭和二十八年八月四日頃までの間に琴平山、大麻山の各山麓等で婦人を対象として強盗五件、強盗傷人一件、強姦未遂十二件、強姦二件、強姦致傷一件、窃盗一件を犯した科により懲役五年の刑に処せられ、刑の執行中昭和三十二年五月二十一日松山刑務所を仮出獄した者であるが、その後一時はこれら山中に立入ることを自戒していたものの同年八月頃からまたこれに立入るようになり、同年十月十六日も朝から仕事を休んだので午前十時頃から琴平山内を歩いていたところ、午前十時三十分頃同山金刀比羅宮本宮神饌殿の北方ほぼ百二十五米の参道で母の病気平癒の御礼詣りのために奥社に向かつて上つてきた三豊郡大野原町大字青岡五百二十九番地の二農業A(三十三歳)を見かけたのでこれと言葉を交わしながら同行して同山白峰神社を経て参道を進んでゆくうち劣情を催しこれを姦淫しようと決意し、午前十一時頃被告人が嘗つてその附近で婦人を強姦しようとしたことがある奥社下方の休憩所手前約百十米の地点にさしかかつた時に突然右Aの前に立塞つてその両腕を両手で押え「させえ」と情交を迫つたが、同女が驚いて声をあげて救いを求めたのですぐにその右後方にまわつて背後から左腕で頸部を抱き込み右手掌で口を強く塞いでその場から参道の下方山林中に急な斜面を約十八米引きずり落し、同女が再び救いを求めると同様の方法で下方へ引きずり同女が更に約十一米下方の地点に頭部を斜面の下にして仰向けに転倒したところ左手でその頸部をかかえ右手を強いて股間に差入れる等の暴行を加え、以つてその反抗を抑圧して慾情を遂げようとしたが同女が、被告人の隙をうかがつて更に声をあげて助けを求め、これに対し被告人が両手でその頸を抑えつける等するうち、たまたま上方参道に少年らしい者の声がしたので被告人はいま声をたてられてはいかぬと前記の姿勢で転倒している同女の左側からその上にのしかかり、両手掌でその前頸部を強く絞めつけ、そのようなことをすれば相手が死ぬかも知れないことはわかつておりながら敢て数分間これを持続し因つてその場で窒息のため死亡するに至らせたが、その死亡を知ると女体を見て慾望をみたす目的でその場でカーデイガン、スカート等を手で引脱がせシャツ等の一部を所携のナイフで切裂く等して取去りこれを全裸としたものである。

右の事実中冒頭の前刑の事実は

一、被告人に対する強盗、強盗傷人、強姦未遂、強姦、強姦致傷、窃盗被告事件に関する高松地方裁判所丸亀支部の昭和二十九年四月二十日附判決書謄本

一、検察事務官作成の前科調書

被告人が嘗つて本件犯行現場附近で婦人を強いて姦淫しようとした前歴(前刑以外のもの)を有することについては

一、被告人の当公廷での供述

一、参考人宮崎楽栄の司法警察員に対する供述調書

被告人の仮出獄後の態度、本件犯行の情況及びその直後の右の行為については

一、被告人の裁判官に対する昭和三十二年十一月二十四日附陳述調書

一、被告人の検察官に対する弁解録取書、同第二回乃至第六回各供述調書

一、参考人貴田茂、鈴木孝人、藤原嗣郎、孝原克己の司法警察員に対する各供述調書(本件犯行当時参道上に女物靴等が散乱していた状況等)

一、参考人篠原常男の司法警察員に対する昭和三十二年十月二十二日附供述調書及び参考人真鍋伊三郎の司法巡査に対する供述調書(屍体、着衣、所持品の確認及びその発見当時の状況等)

一、司法警察員高尾宇吉作成の昭和三十二年十月二十日附実況見分調書。但し実況見分のてん末と題する部分の一、二、三、の(2)、四の(1)、七、八を除く。(屍体発見当日の屍体の状況、同着衣が散乱していた状況等)

一、司法警察員作成の昭和三十二年十月二十日附証拠品発見報告書と題する書面(ボタン、細紐等が現場に散乱していた状況等)

一、司法巡査作成の昭和三十二年十月二十八日附捜査状況報告書と題する書面(珠数袋発見に関するもの)

一、鑑定人浜田豊博作成の鑑定書(死因、死後経過時間、姦淫の有無等)

一、鑑定人寺島昌訓作成の鑑定書(前記ボタンに附着する繊維と被害者の着衣との比較、被害者の着衣に附着する土壌と現場土壌との比較、衣類の切痕の状況と使用刃物の推定等)

一、押収してあるナイフ一挺(証第十五号)

を綜合してそれぞれこれを認め、

被告人に判示未必の殺意があつたことについては、右の被告人の供述調書以下の各証拠によつて認め得る次の事実

一、本件犯行当時上方参道で人声がしたが、被告人の行為認識能力を圧倒しこれを失わせる程の切迫緊急の危険があつたわけではなく、また被告人が自らこの能力を失う程の極端な激情に陥つたものでもなくかえつて被告人は人から発見されないように被害者の抵抗を完全に抑圧し全く声をたてることが出来ないようにする意図で、これに適合する手段として被害者の頸部を強く絞めたのであり、且その絞めている間これによつて被害者が全く抵抗出来ず、全く声を出すことが出来ないでいることは認識していたこと、

一、右絞首を続けている間被告人は被害者の死を防止するための手加減をしなかつたこと、

一、このようにして被告人によつて被害者の頸部に加えられた圧迫の力は甚だ強いもので、普通の健康な者を死亡させるに足るものであつたこと、

一、被告人は平生の常識として頸部を強く絞めると死ぬ危険があることは知つていたこと、

一、被告人は被害者が死亡したことを知つたが、格別驚いたりあわてたりはせず前記のように屍体を全裸としたこと、

の諸点を綜合してこれを認める。

被告人は当裁判所の審理において本件犯行を否認し、前記の自己の供述調書について捜査官が被告人を犯人と憶断してその正しい供述を受付けず調書にその述べない事柄を記載した旨主張したけれども、第八回、第九回公判での同人の詳細な供述、司法警察員及び司法巡査作成の昭和三十二年十一月二十一日附風呂敷発見に関する捜査状況報告書、司法警察員作成の緊急逮捕手続書によると、被告人が昭和三十二年十一月二十一日朝はじめて捜査係官に同行を求められた後捜査官から強制、脅迫等を受けないで僅か四、五時間以内に自己の犯行であることを認め、尋問にあたつて他の証拠の具体的内容を示されずに相当詳細な供述をし、その後は本件の起訴にいたるまで強姦を決意した時期、殺意の有無等の点で供述を二、三にした外は一貫して犯行を認めたこと、被告人の前記各供述調書の記載は少くとも骨子において被告人の供述したままを録取したものであることが明かである。被告人はまた本件が氏名不詳の三十歳前後の男の犯行であるとし、自分は当時事件現場から十三米はなれた地点で殆んどその始終を樹木の繁みをとおして窺つていた旨供述したが、このような供述は前記捜査の経過に反するものであり、なお右のように近い場所におりながらはじめ被害者の声を聞いた外は別段物音も聞かず被害者の着衣が散乱せられる状況も見なかつたとする等前記実況見分調書並びに死因等に関する鑑定書によつて明かな事件現場、屍体等の状況上了解し難い供述を含み、また救いを求める声を耳にして現場に到つたとしながらその後の行動の弁解に不可解な点が少くなく、到底信用することが出来ない。

弁護人は本件が仮に被告人の所為であつたとしても殺意はないと弁論するが、人の意思決定にはそれがとつさの場合であつてもその者の経験、常識等が綜合的に作用しないではおらず、被告人のように自己の行為が何であるかを理解する精神能力を有する者が、前記のようにこれを失わない状況の下で死の結果を招くのに充分な行為を有意的にし、しかもその行為がその者の平生の常識上も死を招くおそれがあるものである以上、行為の瞬間興奮等により結果如何をあらためて慎重吟味する余地がなかつたとしても、死の結果を招く危険性はこれを認識したものというべく、且特に死の結果の発生を防止するために手加減をした等死の結果不発生を信じたと認め得る特別の事情がない限りは少くともこの結果を意に介しないという形で認容したものと認められ、犯行後の前記の行為はこの認識並に認容があつたことを裏付けるのに充分なものと考えられる。この点につき殺意は死の結果を目的としてこれを意欲した場合だけに肯定されるべきでないことは多言を用いるまでもなく、次に絞首の動機及び目的が通常は一応検討に値するが、前記の情況がある本件においては以上の判断に影響を及ぼすものではない。

弁護人はまた被告人の犯行としても当時心神耗弱の状態にあつた旨主張し、前掲判決書謄本によると前件においてこれを認めたことが明かであるが、しかし被告人の前顕各供述調書を精査するのに同人が自己の経歴、本件犯行の手段等を相当詳細に記憶し、仮出獄後山内に立入ることを自戒した心境及び本件犯罪後の心境等と共に取調官に対し相当整然と述べており、その内容も社会の通常人に比して特に劣るものとは認められず、また参考人西岡キクヨの司法警察員に対する昭和三十二年十一月二十一日附供述調書、同人の検察官に対する供述調書によると被告人の家庭生活等における平生の態度に何ら異常の点が認められないのであつて、その犯歴、本件犯行の情況及びその直後の行動等から所謂変質者傾向のあること、性衝動の発現にあたり抑制力が通常人に比べれば弱い点はこれを肯認し得るけれども、それ以上に事柄の是非を弁別し難く或いはその弁別によつて行動することが著しく困難な状態にあつたものと認めることが出来ない。よつて弁護人の右主張は採用しない。

法律に照らすと、被告人が暴行を用いて強いて婦人を姦淫しようとしその際婦人が死亡するかも知れないことはわかつていながら敢て強くその前頸部を絞めつけ因つて死亡するに至らせた前記の所為は刑法第百七十七条前段、第百七十九条、第百八十一条強姦未遂致死罪、第百九十九条殺人罪に該当し、これらは一個の行為にして数個の罪名に触れる場合であるから第五十四条第一項前段、第十条により刑の重い殺人罪の刑に従い処断することとなるが、被告人がその前歴にかんがみず、また現に仮出獄中であるのにかかわらず、白昼、参詣者である何の落度もない婦人を自己の肉慾の犠牲とし残酷な方法によつて死に致らせたことは犯情まことに重く、しかも公判廷に立つて反省、悔悟の情を示さず、犯行を否認して恥ずる色がないのは遺憾といわなければならない。ただ前記の資質上の傾向と姦淫が未遂であること等もまた考慮すべく、よつて所定刑中有期懲役刑を選択するが、その刑期範囲内で懲役十五年に処するのを相当と認め、刑法第二十一条により未決勾留日数中百二十日を右本刑に算入し、訴訟費用は刑事訴訟法第百八十一条第一項により全部被告人の負担とするのを相当と認める。

よつて主文のとおり判決する。

(裁判官 中村三郎 山下顕次 長西英三)

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